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聖書にはないユダヤ人の民話Part①アダムは最初の人間ではなかった!?

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 私たち日本人には、桃太郎や浦島太郎といった独自の昔話がありますよね。実はユダヤ人にも、そのような旧約聖書以外の小話がたくさん伝えられているんです。
 今回はこうした小話の内の1つ、「アダムのダイアモンド」について紹介します。実はこれ、私たちがよく知っている聖書とはまた内容が違っていて、ちょっとこわ~い話なんです。

本来の「エデンの園」の話をおさらい

 ご存知の方は多いと思いますが、本来の聖書の物語では、アダムは神が造った人類最初の人間です。  物語では、神がアダムを土から造った後、彼を「エデンの園」という楽園に連れて行き、そこを管理するよう命じます。そして彼の周りに様々な動物を造り、最後には彼の妻「イヴ」も造りました。神は人間にこう言いました。

 「園のいかなる木からも、実をとって好きなだけ食べて良い。だが園の中央に生えている知恵の実だけは、食べてはならない。」

 しかし、神が造った動物の中で、最もずる賢い蛇がイヴをそそのかしたため、彼女は神の言いつけを破り、夫のアダムと共にその実を食べてしまいます。  それまで彼らは、自分たちが裸だったことなど全く気にしていませんでしたが、その実を食べた途端、急に恥ずかしくなったので、急いでイチジクの葉で下着を作り、股間を隠しました。  すると神はそのことに気づき、怒ります。言いつけを破った罰として、神は2人に寿命で死ぬ定めなどを与え、楽園から追放しました。このため人間は、これ以降、自分たちの力で畑を耕し、食べ物を得なければならなくなったのです。

 ここまでは皆さんがよく知っている「エデンの園」の話だと思います。そして、聖書ではこの話が終わった後、直ぐに別の主人公「カインとアベル」の物語に移ります。

実は続きがあった!?楽園を追われた後のアダムの話

 ここからはいよいよ、聖書に記されていないユダヤ人の民話「アダムのダイアモンド」についてです。

 そのお話は次の通りです。

 アダムがまだ楽園にいた時は、欲しい物が何でも手に入りました。しかし彼は神の言いつけを破ったので、楽園を去らなくてはなりません。神は彼を無下に追い出すのはかわいそうだと思っていました。

 「どうしたものか。」

 と考えながら歩いていると、神は園の中でアダムとばったり出くわします。神はアダムを、最高のごちそうと、最高のお酒が並んでいる場所に招待し、酔わせた後にこんなことを言いました。

 「なあアダムよ、外を旅して、世界を見たいとは思わないか?」

 アダムは

 「そんなことはしたくない。」

 と断りました。説得に失敗した神は怒ってこう言いました。

 「お前の好きな物、欲しい物をなんでも持って行って良い。だからとにかく、ここから出ていくのだ!」

 そこで神は、楽園の中にある最上の宝を彼に見せました。その中には、金や銀。真珠や青銅。家畜や動物。ぶどう畑など、たくさんの物がありましたが、彼はそれらに見向きもしません。しかし最後にスイカほどの大きなダイアモンドを見ると

 「こんなに大きなダイアモンドが1つでもあれば、私は生涯何の不自由もしないに違いない。」

 と考え、それを持って行くことにしました。
 そして彼は、天使に付き添われながら楽園の外までやってきます。歩いていると川に行き当たったので、アダムはこの川をどうやって渡ろうか悩んでいました。すると天使が

 「何をぼんやりとしているのだ。」

 と迫ります。

 「さあ、渡るのだ!」

 と天使がアダムを小突くと、アダムは手をすべらせ、ダイアモンドを川の中に落としてしまいました。

 「なんということをしてくれたんですか!」

 とアダムが怒ると、天使がこう言います。

 「どうした。さっさと水の中から拾うのだ。」

 そう言われてアダムが水の中に潜ってみると、なんとそこには何千、何万というダイアモンドがあるではありませんか。 アダムが水の中であたふたしていると

 「なぜそんなに時間がかかるのだ。」

 と天使が聞いてきます。

 「どれが自分のダイアモンドかわからないのです。」

 アダムがこう答えると、天使は言いました。

 「お前は園を追われて、ダイアモンドを手にした第1号の人間だとでも思っているのか?何千、何万という人間が、お前より先にここに来ているのだ!」

この物語の解釈

 いかがだったでしょうか。この物語、相当インパクトが強く、またかなりメッセージ性のあるお話だと感じます。

 私個人の意見ですが、このお話が伝えようとしていることは、やはり「人間の愚かさ」ではないでしょうか。
 聖書の物語しか知らない人にとって、「アダム」は唯一の人類最初の人間で、他にも神に創造された人間がいたことなど、知るよしもありません。しかし、川に落ちている無数のダイアモンドの存在によって、全く同じシチュエーションで失敗を繰り返した人間が何人もいたことを読者は知ります。

 恐らく神は、自分の創造した人間に毎回裏切られ、その都度楽園を追放し、「次こそは完璧な存在になってくれるはず。」と、淡い期待を込めながら、また別の人間を創造したのでしょう。しかしどの「アダム」も結局神を裏切り、毎回ダイアモンドを選んで園を立ち去ります。

 これは、「人間の本質は変わらない」ことを表しています。どんなにやり直そうとも、本質が変わらない以上、人間は全く同じ過ちを繰り返す。「歴史は繰り返す」と言うあの有名な言葉を思い出します。

 また、全員がダイアモンドを選んでいることから、人間の本質は「欲深さ」にあることを象徴しています。この物語は、こうした「人間の愚かさ」の真理を見事に見抜いているのです。

  ユダヤ人の民話にはまだまだ面白いお話がたくさんあります。今後もいくつか紹介して行く予定ですので、是非次の記事にもご期待ください!







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